金曜日の今夜、何時もの様に3人組がオタフクの3人専用の部屋に集まって盛り上がって居た。
3人組は店のもの達から、おみくじ3人組と呼ばれていた。3人をおみくじ3人組、と最初に呼び始めたのは店主の政則であった。なぜ店主の政則が呼び始めたかと云うと、3人の名前の中に吉の字が入って目出度いからであった。1番の年嵩は大吉、2番目は永吉、3番目は長吉であった。3人は60代、40代、20代の3世代であった。
オタフクの店を最初に見つけたのは大吉で、今から45年前の仕事の帰り道であった。その日は週末金曜日で、オタフクの新規開店日であった。大吉は華やかな花輪に誘われ、躊躇なく暖簾をくぐったのが始まりであった。
2人が 永吉と長吉は大吉が通うスポーツクラブの仲間で、今から5年前に大吉が2人をオタフクに誘い連れて来たのが始まりであった。今夜も1番先にオタフクに来た大吉が、1人で専用部屋で呑んで居ると暫くして永吉と長吉が一緒に部屋に入って来た。2人が腰を落ち着けると「今日も1日お疲れ様」と言って乾杯をした。グラスのビールを呑み干すと、昨日からニュースで流れている子供を約8日間放置して、九州に住む男の元に行き遊び呆けて子供を死なせたバカ女の話しに成った。最初に口火を切ったのは、怒りで少し顔を赤くした永吉であった。
「なんちゅう酷い母親や‼普通では考えられ無いよ‼世界中で日本中でコロナが蔓延した影響で、人々が外出自粛をする中でこんな酷い事件が起きるとは思っていなかった。この母親は子供をなんと思っているんや❗オモチャやないで❗」
「全くや永さん、長さん、長さんと同じ20代の母親だけど長さんはどう思うんや⁉」
「同世代やけど、考えられないよ‼普通ペットの動物でも食事を満足に与えず、1週間以上閉じ込めて放置したら死ぬ事は幼稚園児でも分かるよ❗」
この母親年齢は24歳で、子供は3歳の娘で可愛い盛りの頃である。子供の両親がいつ離婚したか分からないが、母親は娘と2人であった暮らしながら飲食店で働いて居るとの事であった。今回九州まで会い行った男も、飲食店の元同僚との事であった。女は飲食店に8日間の休みを貰っていたそうだが、娘も一緒に連れて行く気があったかは分からない。
「女の年齢を見ると、永さんの子供の年齢位だろう‼同じ親としてどう思う?」
「もしも俺が女の親であっても、離婚した男の親であって、可愛い俺の孫には違いないから2人が離婚しても孫のことは常に気を掛けているよう‼女と男の両親は何をしていたんやろか⁉ひょつとして、自分達の娘、息子が結婚をしている事を知らんのと違うやろか⁉」
「永さん、長さん、俺なあ思うんや!この30年の間に育児放棄、虐待が増えて来たと思うんや‼これは親になってはいけない駄目な人間が、親に成ったからやと思うんや‼こう云う親は自分の子供を、愛玩動物と思っていて自分の気分が良い時は可愛がり見せびらかし、気分が悪いと子供を邪険にするんと違うんかなあ❗」
「大さんの言う通りかも知れんなあ~、子供を宝と思っていないんや。子供をほしいと思って作ったんと違って、出来てしまって仕方なしに産んだんやと思うわ‼長さん、長さんの年代は避妊の仕方を男も女も知っているんやろ⁉」
「大さん、永さん、俺達の世代や俺達より下の世代は、インターネットが有るから全員が知って居ると思うよ‼俺達の世代には、できちゃった結婚も多いけど子煩悩ばかりやで‼今回みたいな、育児放棄する者は極々一部の者やで❗」
「大さん、長さん、避妊の方法を知っているんやったら、避妊すれば良いと思うけど皆は考えないんか?」
「そう云う人間は、永さん本能だけで行動しているんやで。これは子供の時から人間としての有るべき姿を、家でも学校でも教えて貰っていないんと違うかも‼」
この母親は遊び呆けて8日目に自宅に戻ったその日の午後、呼吸をしていない娘を見つけ119番通報をしたのであった。娘は病院に搬送されたときは手遅れで、死亡してからかなりの時間が経っていたのであった。病院の話しでは目立った外傷は無かったが、免疫に関する臓器の胸腺が萎縮しており虐待などによる心身に、強いストレスを受けた子供に見られるとの事であった。また、子供の胃には食べ物が殆ど残っておらず、そしてオムツを長時間交換して無い為、お尻の皮膚が爛れていたとの事であった。
母親は任意の事情聴取で、娘は亡くなる数日前から体調を崩したので家で面倒を見ていたと説明し、病院で診て貰う金が無かったと話しをしたのであった。しかし実際は、女は鹿児島の男の元に遊びに行っており8日後に帰宅したときには娘は死亡していた。死亡した娘を発見して女は、汚れたオムツを新しい物に取り替え衣服を着替えさせ偽装工作をして119番通報をしたのであった。
母親による育児放棄の事件は多くあるが、平成22年に大阪で起きた育児放棄事件を思い出した。それは23歳の母親が3歳の長女と1歳の長男を、1ヶ月の間自宅アパートに置き去りにした事件である。母親は子供達を置き去りにして、ホストクラブの男性宅連続して外泊をして子供たちを餓死させた事件であった。この事件は育児放棄事件としては、異例の殺人罪に問われて有期刑の上限と成る懲役30年が確定している。しかし、刑が重く成っても子供たちの命は帰って来ない。この事件が起きた平成22年の時、尊属殺重罰規定が無くなっていたので、この懲役30年の確定は異例であった。昔は尊属殺重罰規定があって普通の殺人事件よりも刑が重かったのであった。しかし、昭和48年4月4日に最高裁判所が、刑法第200条を無効とした判決を下した。この判決以降、肉親による殺人事件が昔より多く成ったのであった。だから平成22年に起きた育児放棄の事件の、懲役30年確定は驚きであった。しかし、この事件以降に起きた肉親による殺人に下される刑は、あまりにも刑が軽すぎて違和感を覚えるのであった。
「永さん、長さん、東京目黒区で起きた虐待事件知っているかい?5歳の女の子が実の父親に虐待されて死亡した事件知っているかい?❗」
「良く知っているよ大さん❗長さんも知っているだろう⁉」
「大さん、永さん俺も良く知っているよ‼今までの虐待事件では、女と一緒に成った継父が女の連れ子を虐待する事件が良くあったけど、実の父親が我が子を虐待するのは珍しいと思ったよ❗」
大吉と永吉は、その言葉に頷き全く酷い話しだと顔をしかめるのであった。そして、大吉が薄らと目に涙を滲ませて言った。
「永さん、長さん俺は5歳の子供が父親と母親に、カタカナとひらがなで書いたノートの言葉を目にした時、涙が溢れて止まら無かったよ❗」
5歳の子供のノートより
もうパパとママにいわれなくとも しっかりとじぶんから きょうよりかもっと あしたはできるようにするから もうおねがいゆるして ゆるしてください おねがいします ほんとうに もうおなじことはしません ゆるして きのうぜんぜんできなかったこと これまでまいにちやってきたことををなおす これまでどんだけあほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだからやめる もうぜったいやらないからね ぜったいにやくそくします もうあしたは ぜったいにやるんだぞとおもっていっしょうけんめいやる やるぞ
「永さん、長さん俺は、このノートに書いたカタカナとひらがなの言葉を読んで、涙が溢れて止まら無かったよ❗永さん、長さん子供は元気に遊ぶのが仕事だろう違うかい?❗俺は胸が締め付けられたよ❗」
「大さん‼俺も長さんも同じ気持ちだよ‼子供は天からの授かった❗大事な大事な宝物と云う事が分からないんだね!悲しい事や❗❗」
少女は県児童相談所 3人の話しは続き、千葉県の小学校4年生10歳の少女の話しに成った。少女は実父から身体的な虐待、あろう事か性的な虐待まで受けていた。少女は県児童相談所に、一時保護されて居る時に父親からの性的虐待を訴えた。医師が12月14日に診察をした結果、医師が性的虐待の疑いがあると診断した。それから約2週間後の12月27日、児童相談所は父方の親族宅での生活を条件に、一時保護を解除してしまった。さらに翌年の30年2月28日には、詳しい家庭調査もせずに少女を自宅に戻す決定をしたのであった。この為に少女は、再び父親の虐待と性的虐待にあって死んでしまったのであった。
「大さん、永さん、この父親は畜生にも劣る最低の男やで‼絶対に許せんわ❗それともう一つ腹の立っ事件が、茨城県つくば市であったけど聞いて呉れるか⁉」
「長さん、それは虐待の話しか?」
「大さん、永さん、それは何と云うか?親の注意不足と云うか?一種の育児放棄かな⁉」
事件の概要は、コロナの影響で4月から在宅勤務に成った父親が母親に代わって2人の娘を毎朝、小学校と保育所に送り届ける様に成った事が発端であった。小学校の長女は3年生で8歳、次女は2歳で保育所に通って居た。悲劇は令和2年の6月に入って起きた、父親は朝8時頃2人の子供を車に乗せて最初に小学校の長女を送り届けた。その後、何時もは次女を保育所に送り届けるのであったが後部座席のチャイルドシートに乗せた次女の事を忘れていた❗父親はすっかり次女の事を忘れ、自宅に戻り在宅勤務をしたのであった。2歳の次女は自宅の車の中に放置されたままで、父親が気付く事は無かったのであった。やがて父親は子供を迎えに行く時間が来て、家を出て小学校の駐車場に着いて初めて次女が後部座席に乗って居る事に気が付いたのであった。父親は後部座席の次女に気付き、パニック状態に成り呆然として立ち尽くした。父親の様子に気付いた周りの父兄が119をして、病院に搬送されたが約7時間も車内に放置された居た事で助から無かった。JAFの車内温度データでは、この日の外気温度は約23度であった。しかし、車内温度は48度にも成っていて、フロントガラス付近では57度との事であった。ダッシュボード付近では70度との事であった。そんな過酷な車内に、7時間も放置された放置されたら大人でも助からないであろう。
「大さん、永さん父親は、子供を保育所に預けたつもりだったなんて俺には理解が出来ないし分からないよ❗本当にあんたは親かと言いたいよ❗❗」
「長さんの言う通りや、60代の俺達の世代でも大事な大事な宝物の子供を忘れるなんて考えられないよ❗」
「大さん、長さん、それは俺達40代の世代でも、絶対に考えられない事や❗」
「大さん、永さん俺はテレビで、動物親子の微笑まし姿を良く見るけど、どんな動物でも親は子供を外敵から守り、危ない場所に行かない様に常に見守っているよ❗❗」
大吉も永吉も、長吉の言う通りだ、と思っているのであった。誰もがテレビ番組で見る動物世界の映像では、子供達が巣立ちするまでの間、親は必死に成って子供達の為に餌を探し、危険な場所に近づく子供を窘め身を持って守るのであった。人間の世界でも昔から同じように、親は必死に働き危険な場所から子供達を守って来たのであった。
日本では中学校までが国の決めた義務教育であるが、この事は日本でも中学校卒業を巣立ちと考えているからである。現代でも少数であるが中学校を卒業して働く人はいる、大吉の世代それ以前の世代では中学校を卒業して働く者が多く居た。その頃の親達は子供達が中学校を卒業するまでは、と必死に子供達を飢えさせないように働き、危険から子供達を守ったのであった。豊かな物に溢れた現代、人間は、子育ての基本を忘れてしまったのか、と大吉、永吉、長吉の3人は思うのであった。